野見宿禰:相撲の神様にして埴輪の発明者——文武両道の始祖

1. 導入:なぜ、今それを語るのか?
- 出雲国出身の力自慢。大和最強の当麻蹴速を蹴り殺し、相撲の神様となった。
- 殉死(生き埋め)を廃止するため、土で人形を作ることを提案——これが埴輪の起源。
- その功績で「土師(はじ)」の姓を賜り、菅原道真の先祖となった。
「力は、優しさのために使え。」
野見宿禰(のみのすくね)は、単なる筋肉マンではありません。
当麻蹴速を倒した相撲の神様であると同時に、殉死という残酷な風習を終わらせた人道的改革者でもあります。
彼が生み出した「埴輪」は古墳時代の象徴となり、その子孫は土師氏として天皇家の葬送を司る名族となりました。
2. 起源の物語:出雲の怪力男
2.1 評判の力自慢
野見宿禰は、出雲国(現在の島根県)で「とんでもない力持ちがいる」と評判でした。
その噂を聞いた垂仁天皇は、彼を大和国に呼び寄せました。
- 出身:出雲国(島根県)
- 時代:垂仁天皇の治世(伝承上、紀元前後の時代)
- 特徴:並外れた怪力と格闘術
2.2 当麻蹴速との対決
大和国当麻邑(現在の奈良県葛城市當麻)には、**当麻蹴速(たいまのけはや)**という力自慢がいました。
彼は「俺より強い奴はいないか」と豪語し、生死をかけた力比べを望む自信家でした。
垂仁天皇7年7月7日、天皇の御前で「捔力(すまひ)」が行われました。
2.3 蹴り殺しの勝利
『日本書紀』によれば、両者は互いに足で蹴り合う激しい戦いを繰り広げました。
| 技 | 結果 |
|---|---|
| 野見宿禰が当麻蹴速の脇骨を蹴り折る | 当麻蹴速、負傷 |
| さらに腰を踏み折る | 当麻蹴速、死亡 |
この勝利により、野見宿禰は当麻蹴速の領地を与えられ、天皇に仕えることになりました。
- この対決が日本相撲の始まりとされる
- また最初の天覧相撲(天皇観覧の相撲)でもある
- ただし当時は蹴り技が中心の命懸けの格闘技であった
3. 核心とメカニズム:埴輪の発明
3.1 殉死という残酷な風習
古代の日本では、天皇や皇族が亡くなると、近習(側近)たちを生き埋めにする「殉死」という風習がありました。
『日本書紀』によれば、殉死した者たちは何日も生きながら苦しみ続け、その悲鳴が天皇の心を痛めていました。
3.2 土で作った代替品
皇后・**日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)**が亡くなった時、野見宿禰は画期的な提案をしました。
「出雲から土部(土木技術者)を呼び寄せ、土で人や馬の形を作って埋めましょう」
| 項目 | 殉死 | 埴輪 |
|---|---|---|
| 対象 | 生きた人間 | 土製の人形 |
| 結果 | 苦しみながら死亡 | 象徴的な供え物 |
| 意味 | 残酷な風習 | 人道的な改革 |
3.3 土師氏の誕生
垂仁天皇はこの提案を大いに喜び、「これからは生き埋めをやめて、この土人形を使おう」と決めました。
野見宿禰はその功績により「土師(はじ)」の姓を与えられ、古墳造営や葬儀を司る一族の長となりました。
- 土師氏は古墳時代を通じて天皇家の葬送を司る
- 後に一部が菅原氏に改姓
- その子孫が菅原道真(学問の神様)
4. 現代への遺産
4.1 相撲の神様
野見宿禰は「相撲の神様」として、現在も両国国技館などに祀られています。
毎年、相撲協会は野見宿禰神社に参拝し、力士の安全と繁栄を祈願しています。
4.2 埴輪文化
古墳時代の景観を決定づける埴輪は、野見宿禰の発明とされています。
考古学的には埴輪の起源はより複雑ですが、この伝承は土師氏が自らの由緒を語るために作られた物語と考えられています。
4.3 文武両道の象徴
野見宿禰は、**力(武)と知恵(文)**を兼ね備えた人物として、現代でも尊敬されています。
その怪力で敵を倒しましたが、その後の人生では、多くの人の命(殉死者)を救うために知恵を使いました。
5. 知られざる真実
5.1 蹴り技主体の古代相撲
現代の相撲とは異なり、野見宿禰と当麻蹴速の戦いは蹴り技が中心でした。
「相撲」という漢字が『日本書紀』に初めて登場するのは、実は後の雄略天皇の治世の記述においてです。
5.2 野見宿禰の墓
野見宿禰は、垂仁天皇に仕えた後、出雲への帰路で亡くなったとされます。
その墓は現在の大阪府藤井寺市にあるとされ、「野見宿禰塚」として祀られています。
6. 関連記事
野見宿禰と古代の信仰について:
- 菅原道真:学問の神となった「最強の怨霊」 — 野見宿禰の子孫、土師氏から菅原氏へ
- 安倍晴明:闘を飼いならした平安の科学者 — 陰陽道と古代信仰、土師氏の時代背景
- 神武天皇:日本建国神話と初代天皇の謎 — 垂仁天皇の先祖、記紀神話の世界
7. 出典・参考資料
- Wikipedia「野見宿禰」:生涯と伝説
- Wikipedia「土師氏」:野見宿禰の子孫
- 日本相撲協会公式サイト:相撲の歴史
一次資料・古典
| 資料名 | 概要 |
|---|---|
| 『日本書紀』垂仁天皇7年7月7日条 | 野見宿禰と当麻蹴速の対決を記録 |
| 『日本書紀』垂仁天皇32年条 | 埴輪発明の経緯を記録 |
| 『古事記』 | 野見宿禰の系譜と伝承 |
関連史跡
| 場所 | 概要 |
|---|---|
| 野見宿禰神社(兵庫県たつの市) | 野見宿禰を祀る神社 |
| 野見宿禰塚(大阪府藤井寺市) | 野見宿禰の墓とされる |
| 當麻蹶速塚(奈良県葛城市) | 当麻蹴速の墓とされる |
| 相撲神社(奈良県桜井市) | 相撲発祥の地とされる |
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 垂仁天皇7年 | 野見宿禰、当麻蹴速を倒す(相撲の起源) |
| 垂仁天皇32年 | 日葉酢媛命の死去、埴輪を発明 |
| — | 「土師(はじ)」の姓を賜る |
| 平安時代 | 土師氏の一部が菅原氏に改姓 |
| 845年 | 菅原道真(野見宿禰の子孫)誕生 |